人生の目的完成すれば、どう変わる

「無明の闇」とは、人生の目的に暗い心。何のために生きているのか、

泳ぐべき方角も分からず、大海を漂っているかのような全人類の

苦悩の根元は、この「無明の闇」です。


 今日は、富山県射水市浄土真宗親鸞会館でご法話がありました。

高森顕徹先生から、「無明の闇」と、その闇が破れたらどうなるのか、

すなわち人生の目的を果たしたらどうなるか、

親鸞聖人の『正信偈』のお言葉を通して、教えていただきました。


『なぜ生きる』にも書かれていますので、紹介します。

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 人生には目的がある。

 無明の闇が破られ、 未来永遠の幸せを獲得すること。

親鸞聖人の解答は明らかだ。

 無明が晴れると、 どこが、 どう変わるのか。 つづいて聞いてみよう。


 「すでによく、 無明の闇を破すといえども、  

  貪愛・瞋憎の雲霧、

  常に、 真実信心の天を覆えり。

  たとえば、 日光の雲霧に覆わるれども、

  雲霧の下、 明かにして闇なきがごとし」  (『教行信証』)  


「無明の闇が破れると、 欲や怒り、 ねたみそねみの煩悩以外、 何もない

自己の裸形が知らされる。 だが、 雲くもや霧きりがどんなに天をおおっていても、

日光で雲霧の下は明るいように、 欲や怒り、 ねたみの煩悩一杯あるがままで、

心は浄土に遊んでいるように明るく愉快である」

 仏教では、 欲や怒り、 ねたみそねみ、 などを煩悩といい、 煩悩に目鼻を

つけたようなものが人間だと説かれている。 これを煩悩具足の凡夫という。  

 私たちを構成している百八の煩悩を、 雲や霧にたとえ、 弥陀に救い摂られた

世界 (真実信心) を、 天にたとえての解説である。

 智慧の太陽で無明の闇が晴れると、 欲や怒りで、 できている、 煩悩具足の私と

知らされる。

「貪愛・瞋憎の雲霧、 常に、 真実信心の天を覆えり」

と言われているのは、 その告白だ。

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 想像を絶する世界を、例えをもってしてでも何とか伝えたいと思われた

親鸞聖人のお言葉を、よくかみしめたいと思います。







 高森顕徹先生公式サイトはこちら。

  http://www.takamori.info/