日野の桜、過ぎ行く春

 東京からJR中央線に乗って西へ30分、立川と八王子の間に、

日野という市があります。ごったがえしていた高田馬場と異なり、

スッキリした駅前と街並み、人口は17万5千人ほどだそうです。


 ここで1年ほど前から、浄土真宗親鸞聖人の教えを、

高森顕徹先生のご講演で聞かせていただける講演会が開かれており、

随分にぎやかと聞いて、見に行きました。

 この辺は、北陸や新潟方面から移住している人が多いのか、

故郷で以前に浄土真宗の教えを聞いていたと言われる方が集まって、

ビデオのご説法に、耳を傾けておられました。

 終わってからも活発な質疑応答がなされ、とってもいい雰囲気です。

「私の家は禅宗ですが、親鸞聖人の教えとどう違うのでしょうか」

「生きている間に、本当に救われるのでしょうか」

など、真剣な質問で、充実した時間を過ごせました。


 都心の桜はすでに終わっていたにもかかわらず、この日の日野の

桜花は満開でした。それが風に吹かれて花吹雪となり、一緒に

歩いていた講演会スタッフと私の4人は、紅白歌合戦のトリを務め

終わった北島三郎さんのような状態に。

(写真は、日野市民会館の桜)



 そういえば、親鸞聖人がお生まれになったのも、日野。

京都・大原の日野の里でした。

 9歳で比叡山に出家なされた松若丸(親鸞聖人のご幼名)は、

「明日、得度の式をあげよう」と言われる天台座主に、

こう応えられたといわれます。


「明日ありと 思う心の あだ桜

     夜半に嵐の 吹かぬものかは」


 今夜には嵐で散ってしまう桜よりも、はかないのが人の命。

だれが、明日の命を保障できましょう。

「明日と言わず、今日、得度の式をあげていただけないでしょうか」

と詰め寄られた松若丸は、今日でいえば、わずか小学校4年生ほど

でした。


 もう春は過ぎ、夏から秋へと季節は巡る。人生であと何回、

きれいな桜を見上げられるでしょうか。死んだらどうなるのでしょう。

 その答えを説かれた、親鸞聖人の教えをお聞きしましょう。





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      http://www.shinrankai.com/